貿易家×アーティスト。行動が切り拓いた新しい働き方

アーティストとして活動する一方で、貿易家として商品開発にも取り組むさくらさん。

英語力を活かして海外とつながる働き方を模索する中で、「ひとり貿易」と出会い、新しいキャリアを切り拓いてきました。

一歩踏み出したことで、働き方も人生も大きく変わったといいます。アーティスト×貿易家という新しいキャリアを築いたその歩みと、これからの挑戦についてお話を伺いました。

ひとり貿易塾7期生:太田さくら さん

ネイリストとして多くの著名人を担当。サロン、スクールを国内外に展開するなど、国際的に活躍後、重度うつ病により10年以上の闘病生活を送る。自身の闘病記を漫画でSNSで発表したのがきっかけで出版にいたり、漫画家として再起。代表作に『うつを甘くみてました』、『家族もうつを甘くみてました』ぶんか社などがある。2022年より貿易業にも挑戦。2024年に顔出ししてアーティスト活動を再開し、海外展示会出展での受賞など活動の幅を広げている。

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貿易家×アーティストとして生きる

―― 先日終了した「重度うつ病を乗り越え、ドバイに挑戦。アートで夢を叶える姿を未来の子どもたちへ届けたい」というプロジェクト。300万円の目標達成、おめでとうございます!

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ありがとうございます。

―― 今回のプロジェクトにも、これまでの貿易家としての経験が活かされている部分があるのかなと思いまして、そこも含めてお話を伺えたらと思っています。よろしくお願いします。まず、さくらさんの今の働き方を教えてください。

今は割合でいうと、だいたいアーティスト活動が7割、貿易業が3割くらいです。 もともとは貿易の比重が大きかったのですが、最近ようやくひっくり返りました。物販で得た収入をアート活動の資金に回せたことが大きかったです。

1日の流れは、朝はお日様とともに起きて、執筆をしてから制作をする。 夕方は貿易業。 そして夜はまた絵を描いて、一日が終わる。そんな毎日です。

「世界を1mmでも良くする」その言葉が背中を押した

―― さくらさんが貿易を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

2022年から貿易業を始めました。当時はアートだけで食べていくのは難しかったですし、子どももだいぶ大きくなってきたので、何かアルバイトをしようかなと考えていました。

でも、ただのアルバイトではつまらないと思って。英語力を活かしながら、海外に行かなくても海外とつながる仕事を模索していました。

そんな時、知り合いに紹介してもらったオンラインイベントに大竹さんが登壇していて、「ひとり貿易」という働き方があることを知りました。すぐにひとり貿易塾の説明会に参加して、その場で受講を決めました。

―― 大竹さんの講演で響いた言葉はありましたか?

世界を1ミリでも良くする」という言葉です。

私はいつも大きな目標を立てすぎて、その目標に届かなくて苦しくなって諦めてしまうことが多かったんです。

でも大竹さんの「1ミリでも進めばいい」という言葉を聞いて、「たとえ1ミリでも、それを積み重ねたらすごいことになるんじゃない?」と思えました。

―― ひとり貿易に挑戦するにあたって、不安はありましたか?

アートのオリジナルグッズを作ったことはありましたが、輸入や海外で商品を作るといった経験はありませんでした。経理や事務作業は苦手だし、初めての経験ばかりだったので、不安だらけでしたよ!

でも、実際に飛び込んでみると、講師の方も貿易家の仲間たちも本当に優しく、手取り足取り教えてくれました。おかげで、受講中はとても充実した日々を過ごすことができました。

経験から気づいた「自分の商品を作る楽しさ」

―― 貿易塾に入ってからこれまで、何商品を取り扱いましたか?

4つです。一番最初のチタンの水筒は、MOQが大きかったので、在庫を抱えることになり、大変なこともありました。でも、経験したからこその気づきがたくさんありました。

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―― どんなことに気がついたのでしょう?

「既存の商品を売るよりも、自分で作ったものを届ける方が楽しい」ということに気がついたんです。

なので、その後には防災ホイッスルのマルチツールをOEMで作りました。

―― 防災ホイッスルのマルチツールはどのような商品ですか?

笛・カッター・ガラスブレーカー・メモ入れの4つの機能を備えた商品で、商標も取得しました。

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ギフトショーにも出展し、テレビ通販にも取り上げていただきました。貿易塾で学んだことをすべて活かして形にできた商品なので、とても愛着があります。

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貿易を通して見えた、人とのつながりと経営者視点

―― ひとり貿易を始めてから、どんな変化や気づきがありましたか?

私はもともと、組織の中で働くことがあまり得意ではなくて、「1人でできる仕事」というところに魅力を感じて貿易業を始めました。

でも実際にやってみると、人に頼らないとできないことが本当にたくさんありました。だからこそ、人とのつながりの大切さを改めて実感しましたし、たくさんの人に出会えたことも、ひとり貿易塾を通して得られた大きな財産です。

一時期は、貿易塾で出会った仲間と貿易の会社を立ち上げたこともありました。結果としては、方向性の違いや役割分担の難しさから解散することになりましたが、その経験も含めてすべてが学びでした。

ひとり貿易塾に入ってからの1〜2年で、経営者としてどう生きていくのかを考えるようになったことは、自分にとって大きな変化でした。

―― ひとり貿易塾での学びがアート活動に活きていると感じることはありますか?

すごく活きています。

今までグッズを作るときは日本の工場しか考えていなかったのですが、中国、タイ、マレーシア……海外の工場という選択肢があることを知りました。そして著作権や契約の大切さも学びました。

一歩踏み出すことで人生は変わる

―― 今後どんなことに挑戦していきたいですか?

逆輸入や輸出に挑戦して、自分の作品やコラボしたグッツを世界に届けたいです!そのための道を模索中です。

―― やりたいことがあるけれど一歩踏み出せない方へメッセージをお願いします。

私も昔は動けない人でした。

でも、飛行機のチケットを買ってしまえば、もう行くしかない。行動することで「向こうで何をしようかな」とか、「どこに行こうかな」とか、自然と楽しみを探し始めるんですよね。

だから、見切り発車でもいいから、まず動いてみることが大事です。 動き出すことで、人生はきっと変わっていきます。

―― 最後の質問です。さくらさんにとって貿易家とは?

人生を広げてくれるものです。

貿易家という働き方に出会ったことで、「どこにでも行けるし、何にでもなれる」。そんな可能性を感じられるようになりました。私にとって、とても大切な存在です。

この記事を書いた人

1987年東京生まれ。大学卒業後、損害保険会社の営業事務を6年間経験。その後、夫の海外赴任に帯同するため退職し、1年間インド・ムンバイにて海外生活を満喫。帰国後は、「おうちで働く」を一つの軸に、ベビーマッサージの先生、Webデザインの勉強、物販のお手伝い、ブログ運営、様々なことに挑戦しながら、最終的に「ライター」の仕事に巡り逢う。現在の野望は「書く仕事を通して、人や物の想いを伝え続けること」。プライベートでは2児の母。

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